※ソライロ遍路53日間の全貌、ツイートしきれなかった部分も余すところなく織り込んでます。
4月29日、お遍路39日目その1。
お遍路39日目は4時に目が覚める、というか音がして目が覚めてしまった。夜はめちゃくちゃ冷え込んだので持っている服をぜんぶ着込んで寝袋に入りなんとか眠れた。
38日目はこちら。
38日目-1 恐怖の峠御堂トンネルを抜け、いやしの宿八丁坂さんにザックを預ける
38日目-2 空身でらくらく八丁坂を越え、四十五番札所岩屋寺へ
38日目-3 体調に異変が生じる中、レストパーク明神へ
目覚めの恐怖
朝、何の音で目が覚めたのかというと
足音だった。しかもテントのすぐ横を歩いている音だったのだ。
え?誰???
声をかけられるのかと思い緊張するが、何もない。音はすぐ近くで聞こえる。何をしてるんだろう?と思い、覚悟を決めてテントから顔を出してみた。
すると暗闇の中に男が一人。テントのすぐ近くに中央アジア系っぽい外国人風の人(偏見かも?)が座っていた。ここは車道沿いの休憩所なので人が休んでいてもおかしくないが、わざわざテントの張ってあるすぐそばに座るだろうか?しかも近くに車は止まっていない。やっぱりおかしい気がする。
思い切って「おはようございます」と声をかけてみたが、明らかに聞こえる距離なのにこちらに一瞥もせず、無表情にまっすぐ前を向いている。やっぱり怖くなり、出した顔を引っ込める。そう言えば濡れたザックを外に出しっぱなしだった、、、あの中に名刺とか大事なものも入ってたかも、、、。
仙人さんに言われた話が頭をよぎる。お遍路さんが集団で襲われて身包みを剥がされることもあるので気をつけなさいと。
もう一度テントから顔と手を出して、ザックをテントに引き入れる。男は微動だにもせず、正面を向いている。テントに入り、一人じゃない感じを出せないかと思い、わざと声を出して「飯にでもするー?」と言ってみる。「ラーメンでいい?あー、じゃ俺作るよ」と小芝居をうちながら、実際にラーメンを作り始めた。
また足音がする。男が歩いて東屋を出ていったようだが、すぐにまた戻ってきた。
もう、早くどっかいってくれないかなぁ、、
「できたよー」といもしない相方に声をかけてから、音を立てながらラーメンをすすってみる。耳を澄ませていると、車がくる音がして東屋の前あたりで止まった。2台くらいいるようだ。人が下りてきて何か話をしている。
もう大丈夫かなと思い、テントの外に出てみると東屋には誰もいなかった。結局ただの自意識過剰だったのかもしれないが、暗闇の中ですぐ近くに座っている男の無表情な顔を見たときは、恐怖以外なかった。
朝飯
そんなわけで作ったクレソン入り味噌ラーメン 。寒いのでラーメンで体を温めた。
今日の予定
今日は三坂峠を越えるとそこから一気に下り、松山市に入る。すぐに四十六番札所があり、さらに12,3キロの間に五十一番札所まで密集している。五十一番札所石手寺の近くに道後温泉がある。今日の最終目的地だ。
道後温泉には安宿がいろいろあるのでゆっくりするのもいいと聞いていたが、温泉に入れさえすれば宿はどちらでもよかった。特にドミトリー形式の宿は経験上あまり眠れない。野宿したほうがよっぽど熟睡できるだろう。
目眩の症状はほぼ変わらずだったが、少しましになっている気がした。とにかく寒いので早く歩き出して体をあたためたいところだ。
撤収作業で手がかじかむのは久しぶりだったが、今の気温3度らしい。さすが寒さに定評のある久万高原だった^^
パッキング完了。次の札所まで15キロ。早く歩いて温まろう。
ちょうどそこに、女性お遍路さんが一人でやってきたのであいさつをする。昨日北海道から来たばかりで、このゴールデンウイーク中に区切り打ちをするのだそうだ。
そう、世間はもうGWに入ってしまった。当初ははやければGW前くらいにお遍路が終わるかな?くらいに考えていたが、僕のペースではまだ2週間以上かかりそうな感じだった。
三坂峠を越えて一気に下る
峠まではまだ少し登っていく。
皿ヶ嶺登山口があった。休憩所が小屋になっていてトイレもある。テントを張るにはやや狭いかもだが、壁もあるしここで野宿していれば、寒さもマシで怖い目に合わずにすんだかも^^;
車道から山道に入っていく。
歩行者は通行可能です。
このあたりが三坂峠らしい。
峠を越えたら急な下り坂になる。鍋割坂というらしい。
久万街道説明。
下りの途中に東屋があったので少し休憩する。
一ノ王子社跡とある。かつては石鎚山頂までの道に王子が続いてたそうな。
さらに下る。
だいぶ下りてきたところにあみかけ大師という大師堂があった。
この網目模様のついた石が網掛石と呼ばれ番外霊場にもなっているようだ。
ここで昨日はできなかったスマホの充電を試してみたら問題なくできた。出発時のレストパーク明神の標高が670M、ここは170Mくらいでかなり下がってきた。久しぶりにお天気もよく、体も暑くなってきたので1枚脱いでから出発。
窪野公園。トイレ、東屋、水もあるが民家が近いので野宿には不向きかもしれない。
四十六番札所浄瑠璃寺
四十六番札所浄瑠璃寺に着いた。左の石碑には正岡子規の句「永き日や衛門三郎浄るり寺」が彫られている。この地は、お遍路さんの元祖衛門三郎の故郷らしい。
自撮り。
もみ大師。
説法石。
仏の足を型どった仏の足跡。
仏手花判は仏の指紋。
樹齢千年を越えていると伝えられている霊木。
本堂。
大師堂。
お参りをしていたところ、大きな一眼レフカメラを持った人に声をかけられた。お遍路さんの手の写真を撮っているのだが、写真を撮らせてもらえないか?と。断る理由はなかったので承諾。納経中にパシャパシャと手の写真を撮られた。
あらためて自分の手を見てみると、日焼けして赤黒くまるでこの39日間のお遍路が刻まれているような手になっていた。
納経所で「野宿お遍路さんですか?」と聞かれたので昨夜は三坂峠の少し手前付近で寝ていたがとても冷え込んで寒かった話しした。そうでしょうそうでしょうとうなずかれ「よかったらどうぞ」とお菓子をいただいてしまった。
御朱印。
次の札所まではわずか0.9キロ。こんなに近くていいの?とうれしくなってしまう^^
大きな木があるところでちょっと休憩して、先程いただいた鳴門金時ポテトをいただく。甘くて美味しい。
その2へ続く。
ソライロノート
【ソライロ遍路準備編】
【ソライロ遍路移動編】
0日目 沼津から四国に向けて、いざお遍路の地へ!
54日目 家に帰るまでがお遍路
【ソライロ遍路各県初日】
徳島編:1日目-1 ソライロ遍路スタート!
高知編:11日目-1 朝から雨、徳島から高知へ入る
香川編:46日目-2 やまじ風吹き荒れるなか六十六番札所雲辺寺、初めての通夜堂泊
【ソライロ遍路愛媛編】
30日目-1 松尾峠を越え、第三の地伊予の国へ
30日目-2 愛媛最初の札所観自在寺、公園野宿を見逃していただく
31日目-1 激しい雨風の56号線を歩き、ゆらり内海で休憩
31日目-2 密室の遍路小屋で怪しげな先客と二人きり
31日目-3 遍路小屋の夜
32日目 体調不良で急遽宿に泊まる
33日目-1 病み上がりのリハビリ歩き
33日目-2 雨のなか3日ぶりの納経後、道の駅泊
34日目-1 四十二番札所佛木寺から歯長峠越え
34日目-2 四十三番札所明石寺後、遍路小屋で一人焼肉
35日目-1 鳥坂峠を越え、予定外の臥龍の湯に浸かる
35日目-2 野宿の聖地十夜ヶ橋の下で寝る
36日目-1 ありがたいお接待を受けながら内子町へ、小田川沿いの木材動物アートに癒やされる
36日目-2 農祖峠ルートを選び、道の駅小田の郷せせらぎに
37日目-1 雨の農祖峠を越え久万高原町へ
37日目-2 八十八分の四十四番目はどしゃぶりの大宝寺、その後アクシデント発生
38日目-1 恐怖の峠御堂トンネルを抜け、いやしの宿八丁坂さんにザックを預ける
38日目-2 空身でらくらく八丁坂を越え、四十五番札所岩屋寺へ
38日目-3 体調に異変が生じる中、レストパーク明神へ
39日目-1 目覚めの恐怖を乗り越え、四十六番札所浄瑠璃寺で手のモデル!?
39日目-2 お遍路もGWの賑わい!四十七番札所~四十八番札所
39日目-3 GPSトラブルがありつつも、衛門三郎伝説の五十一番札所石手寺へ
39日目-4 道後温泉に入り道後公園に泊まる
40日目-1 朝からトラブルも地元の方に導かれ五十二番札所太山寺、五十三番札所円明寺へ
40日目-2 9日ぶりに海を眺め、文化の森公園に泊まる
41日目-1 松山市を抜け、瓦と石油基地の町菊間へ
41日目-2 五十四番札所延命寺~五十五番札所南光坊、駿河か伊豆かで悩む
42日目-1 五十六番札所泰山寺~五十八番札所仙遊寺、油断して体力消耗
42日目-2 五十九番札所国分寺、明日に備え最後のゆうパック
42日目-3 お遍路おじいさんに再会後、臼井御来迎に泊まる
43日目-1 愛媛のラスボス!?石鎚山中腹の横峰寺に挑む
43日目-2 シャクナゲが華やかな六十番札所横峰寺から雨雲と競争しながら下山
44日目-1 六十一番札所~六十三番札所、石鎚神社で御神水カエル発見!?
44日目-2 六十四番札所前神寺後、導かれるように善根宿へ
45日目 夏のように暑い一日、新居浜市から四国中央市へ
46日目-1 愛媛最後の札所、六十五番札所三角寺へ